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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)2号 判決 1995年6月29日

原告 旭保幸

被告 警視総監

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告の原告に対する平成五年九月二二日付け運転免許停止処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、交通事故を起こしたとして、被告から平成五年九月二二日に同日より六〇日間自動車運転免許の効力を停止するとの処分(以下「本件処分」という。)を受けた原告が、右交通事故は被害者が示談金目当てで作出した虚構であり、したがって、本件処分には事実認定を誤った違法があるとして、その取消しを求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実等(なお、書証により認定した事実については、適宜書証を掲記する。)

1  被告は、原告が、平成五年八月三日午後五時四五分ころ、東京都北区豊島一丁目一七番五号先路上において、普通乗用自動車を後進させる際に、後方を注視していなかった過失により、自車後部を牛田裕子に衝突させ、同女に加療約二週間を要する傷害を負わせた旨の事実を認定し、原告の右行為は道路交通法(以下「道交法」という。)七〇条に違反するとして、同法一〇三条二項二号、一一四条の二第一項により、平成五年九月二二日、原告に対して本件処分をした。(甲一号証)

2  本件処分の効力停止期間は、平成五年一一月二〇日の経過により終了した。

3  原告は、本件処分後から平成七年二月一六日までの間に、道交法に違反したことはないし、また、道路交通法施行令(以下「施行令」という。)三三条の二第二項二号に規定する処分を受けたこともない。

二  争点

本件において、被告は、原告には本件処分の取消しによって回復すべき法律上の利益がないとして、本件訴えの却下を求めており、原告の訴えの利益の有無が争われているところ、この点に関する当事者双方の主張の要旨は、次のとおりである。

1  原告の主張

行政事件訴訟法九条にいう「当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」とは、当該処分を受けたという事実によって事実上有形無形の不利益を受ける者を含むというべきである。

そして、本件についてみれば、本件処分を受けた原告には、右処分を受けたという事実そのものによって、交通取締に当たる警察官から不利に取り扱われたり、道路運送法上の各種免許上、その申請者に要求される事業適確遂行能力の認定に当たり、事実上不利益を受けるおそれ等があるから、たとえ停止期間が経過して本件処分の効果が終了するとともに、本件処分後一年間を無違反、無処分で経過し、施行令上、本件処分が前歴として取り扱われることがなくなった結果、累積点数の計算に当たっての不利益が消滅したとしても、なお原告にはその取消しを求める法律上の利益があるというべきである。

また、たとえかかる事実上の不利益の除去は右法律上の利益に含まれないとしても、道交法九二条の二第一項、施行令三三条の七は、右施行令が定める日前五年間において、違反行為をしたことがない者等を優良運転者とし、その免許証の有効期間は、優良運転者以外の者よりも延長する旨規定しているから、原告は、本件処分が残置されることによって、優良運転者として運転免許の有効期間の延長を受け得る地位を失うという不利益を被ることになる以上、右処分の取消しを求めるべき法律上の利益があるといえる。

加えて、一般に、運転免許の効力停止処分(以下「停止処分」という。)を受けた者がその日から一年間を無違反、無処分で経過すれば、停止処分の取消しを求める法律上の利益を失うものと解するならば、停止処分を受けた者の住所地を管轄する都道府県公安委員会(以下「公安委員会」という。)は、停止処分に対する審査請求を受理した場合、処分の日から一年以上経過した後に、その棄却裁決をすることによって、停止処分を受けた者に、その取消訴訟の出訴の機会を奪うこともできるから、右のように解することは妥当ではなく、一年間を無違反、無処分で経過した後も、停止処分の取消しを求める法律上の利益を認めるべきである。

2  被告の主張

停止処分を受けた者も、処分を受けた日から起算して一年間を、無違反、無処分で経過すれば、施行令別表第二の備考の定める「当該違反行為をする前において、違反行為をせず、かつ、第一号に掲げる事由が生じないで一年を経過したことがある者」に該当するから、右処分は同表にいう前歴として取扱われることはなくなり、その結果、もはや右処分を理由として、道交法上不利益な取扱いを受ける可能性はなくなったものというべきである。

そして、原告は、本件処分を受けた日から一年間を、無違反、無処分で経過した以上、本件処分を理由として道交法上不利益な取扱いを受けるおそれは消失したから、もはや原告には、本件処分の取消しによって回復すべき法律上の利益が存しない。

第三争点に対する判断

一  本件においては、原告に、本件処分の取消しによって回復すべき法律上の利益があるか否かが争われているところ、取消訴訟の趣旨、目的及び行政事件訴訟法九条の文言等よりすれば、訴えの利益の存否は、口頭弁論終結時において、処分が取消判決によって除去すべき法的効果を有しているか否かという観点から決すべきである。そして、仮に期間の経過等によって処分の本来的な効果が消滅したとしても、処分を受けた事実があることを将来別の処分をする場合の加重要件としているなど、処分がされたことを理由に法律上の不利益を受けるおそれがある場合には、その処分を受けた者にはなおその取消しを求める訴えの利益があるというべきである。

しかし一方、取消訴訟の目的が、違法な行政庁の処分がされ、そのために個人の権利ないし法律上保護されている利益が侵害されている場合に、その被害者からの訴えに基づいて右の処分を取り消し、その判決の効果によって右の権利ないし法律上保護されている利益に対する侵害状態を解消させることにあることからすれば、処分により受けた事実上の不利益の除去のみを目的とする当該処分の取消訴訟は、訴えの利益を欠く不適法なものというほかはない。

二  そこで検討するに、本件において、本件処分の効果は六〇日間の効力停止期間の経過により既に消滅していることは明らかである。

ところで、道交法一〇三条二項、施行令三八条一項二号イ、別表第二によれば、公安委員会が道交法違反に対する行政処分の種類、程度を決定するには、処分の前歴の回数を判断資料とするとされており、右にいう前歴とは、累積点数に係る違反行為をした日から起算して、過去三年以内の処分歴であり、前歴の回数が多い者は、前歴の回数が少ない者よりも少ない累積点数で、停止処分を受けることになるが、右別表第二の備考によれば、処分の日から無違反、無処分で一年を経過したことがある者については、右一年の期間前における事由は、前歴として考慮しないこととされている。そして、原告が、本件処分を受けた日である平成五年九月二二日から、無違反、無処分で一年を経過したことについては当事者間に争いがない。

以上みたところに照らせば、取消訴訟によって除去すべき本件処分の法的効果は既に消滅しており、また原告にとって、本件処分が将来にわたって前歴として考慮されるおそれはなく、本件処分が将来の処分の加重要件になる可能性は、もはや消滅したものというべきであるから、原告には、本件処分の取消しを求める法律上の利益は、認められないものというべきである。

三  これに対し、原告は、本件処分を受けたことを理由に、将来交通取締に際して警察官等から不利益な扱いを受けたり、道路運送法上の各種免許について要求される事業適確遂行能力の認定に当たり不利益を受けるおそれがあるなどの有形無形の不利益を受けるおそれがあることから、本件処分の取消しを求める法律上の利益がある旨主張する。

しかしながら、原告の右主張に係る不利益は、いずれも単なる事実上の不利益にすぎないものであって、このような事実上の不利益を除去する点に訴えの利益を認めることはできないことは前記一で判示したとおりであるから、原告の主張は採用できないというべきである。

四  また、原告は、事実上の不利益の除去が法律上の利益に含まれないとしても、道交法九二条の二第一項、施行令三三条の七が、右施行令で定める一定の日前五年の間、違反行為をしたことがない者等を優良運転者とし、その免許証の有効期間を延長する旨規定しているところ、原告は、本件処分によって、優良運転者として運転免許の有効期間の延長を受け得る利益を失っているから、原告にはなお右処分の取消しを求めるべき法律上の利益があると主張する。

そこで検討するに、道交法九二条の二第一項、施行令三三条の七によれば、運転免許の更新日等までに、継続して免許を受けている期間が五年以上である者であって、更新前の免許証の有効期間が満了する日の四〇日前の日、その他一定の日から遡ること五年間において、違反行為をしたことがない者は、道交法上優良運転者として取り扱われ、優良運転者以外の者の免許証の有効期間が、旧免許証の有効期間の満了日等の後の同人の三回目の誕生日までであるのに対して、右優良運転者の免許証は、同人の更新日等における年齢が七〇歳未満である場合には、旧免許証の有効期間の満了日等の後の同人の五回目の誕生日まで有効であるとされている。

そうすると、確かに、道交法上の優良運転者として認められるべき地位は、法律上保護されている利益であるということができ、かかる地位を何らかの違法な処分によって侵害された者があるとすれば、その者は取消訴訟によって右侵害を排除して、当該地位の回復を求めることができるものと解するのが相当である。

しかし、免許証の交付又は更新を申請した者が、免許証の有効期間の伸長等の点で、道交法上利益を受ける優良運転者と認められるかどうかを判定する際には、道交法上及び施行令上、一定期間違反行為のないことは要件となっていても、違反処分歴のないことは要件となっていない。すなわち、免許証の交付又は更新を受けた者が、更新前の免許証の有効期間が満了する日の四〇日前の日、その他一定の日から遡ること五年間において、停止処分等の処分を受けたことがあったとしても、それだけでは、道交法上当然に、その者が優良運転者として取扱われる可能性がなくなるわけではないし、その反面、前記の五年間内に違反行為をしたとして停止処分を受けた者は、仮に判決により右処分が取り消されたとしても、その判決の効果によっては、違反行為それ自身を消滅させて、優良運転者として認められ得る地位を回復することはできないし、また、その判決の拘束力により、将来の免許証の交付又は更新の際に、その者につき当該違反行為がなかったものと認定して取り扱うべき義務が生ずるものと解することもできない。

以上によれば、本件処分の取消しによっても、優良運転者として認められるべき地位を回復することはできないから、やはり原告に訴えの利益を肯定することはできないものというほかはなく、この点に関する原告の主張も採用できない。

五  さらに、原告は、停止処分の日から一年間を無違反、無処分で経過すれば、右処分の取消しを求める法律上の利益がなくなると解すると、公安委員会は、右処分に対する審査請求の棄却裁決の時期を引き延ばすことによって、停止処分を受けた者に、その取消訴訟の出訴の機会を奪うこともできるから、妥当ではないと主張するかのようであるが、道交法上、停止処分の取消しを求めるにつき審査請求前置を規定した条文は見当たらないから、被処分者は裁決を待つことなく、直ちに右処分の取消しを求めれば足りるものと解される以上、原告の主張は理由がないことに帰する。

六  以上のとおりであるから、原告の本件訴えは、いずれにせよ、取消訴訟によって回復するべき法律上の利益を有しないものであり、訴えの利益を欠くものといわざるを得ない。

よって、原告の本件訴えは、その余の点について判断するまでもなく、不適法なものであるから、これを却下することとする。

(裁判官 秋山壽延 竹田光広 岡田幸人)

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